2010年8月11日、エジンバラ空港からローカルな双発プロペラ機に揺られて1時間20分、オークニーのカークウォール(Kirkwall)の飛行場に降りたった。大きな地図で見る上記の地図の様に、オークニー諸島はスコットランドの北に位置する大小の島で構成され、その中でもオークニー島が一番大きな島である。島の西部に位置する港町ストロムネス(Stromness)にある Pier Art Centerで今夕、レクチャーを頼まれての小旅行なのだ。オークニーに着いたのは正午前だったので、夕刻まではたっぷりと時間がある。美術館の学芸員 アンドリューさんが出迎えてくれて、美術館に行く道すがら島を案内してくれた。Kirkwallは最も大きな町で、とは言っても石造りの家並みの広がる落ち着いた雰囲気の街なのだが、そこで見かける人達は、時期的にショルダーバッグを背負ったツーリストが多い。という事は街自体の人口は決して多くないということだ。街中で群を抜いて高く大きな建物が St. Magnus Cathedral(セイントマグナス教会)で、島で採れる赤砂岩とクリーム色の砂岩を積み上げた堂々とした教会である。1137年に建てられて、棟を継ぎ足したり補修したりしながら今日に至っているのだそうだ。砂岩はセメントよりも軟らかく風化が進行しやすいから、風化が進んだ箇所を常にリペアしながら、維持しているらしい。写真左の円形の柱は、円柱の上部が流木の様に風化して、あと数十年もすると支えている重さに耐えられなくて崩れてしまいそうだ。建物の内部に入ると、ヨーロッパの古い教会がそうである様に、石壁は頑強に高く天井まで達していて、天井の梁もアーチ状の石組みなのだ。教会の内部で、頻繁に音楽会が開催されていると聞いた。天上から降ってくる様なパイプオルガンの響きを想像しながら、セイントマグナス教会を後にした。そして30分程 Kirkwallの町を見物してから、島の中央部を横切り Stromnessに向かう。時間にして三十〜四十分の距離なのだが、島の内陸部はなだらかな草原が続く。夏というのに早春の様な寒い風が風が吹きわたる風景の中に、ストーンサークルが点在しているのが見える。3000~5000年前の遺跡なのだ。嘗ての人々が、この原野に集い集団で生活しながら、何らかの理由でこんな巨石を円形状に立てたのだ。もちろんその事もさることながら、5000年という時を経ても尚、石が微動だにせず立ち続けていることに感動する。石は劈開性のある前後両面が平らな巨大岩で、正面から見ると量感があるのだが、側面からは厚さ60cm前後で、平板な石なのだ。こんな石を立てて、その回りで生活すること自体が、生き延びるための手段だったのか? 彼らが生きて生活する場所の時空的なポジション、すなわち宇宙の中で生きることを理解し何かを発信するためのものだったのか? 人々を纏める手段としての信仰対象として、巨石のサークルが必要だったのか? 詰まるところ、真実は未だに石と地中の奥深くに隠蔽されていて、今の我々には窺い知ることさえ難しいのだ。写真右の青いジャケットを身につけているのが私である。こんなに大きいのだ。写真右下は、点在するストーンサークルの中でも、最も大きな円形を保った遺跡である。この円の中心には何か在ると感じる。「いったい何があるの?」と質問してみた。何があるのか分からない、立ち入ることのできない聖地だということで、これも未だに深い時の流れの奥に隠蔽されているらしい。きっと宇宙エネルギーが集約している Powe pointが在って、それを享受するための何らかの形状、もしくは仕掛けが在るんじゃないかと思うのだが・・・。嘗ての人々は、そのエネルギーを関知することができた。人類がこの原野で生き延びるために、宇宙的エネルギーを関知する能力も備わっていたのだ。その後、数千年の時を経て文明を築き、その中でしか生きられなくなった次点で、人間はその能力を放棄し退化させてしまったのだ。何とも勿体ない話だが、今の自分に当てはめて、今更文明を捨てて原野で生きられるかと自問するとしても、答えは決定的に NOでしかないのだ。Stromnessの Pier Art Centerに着いて、レクチャーの準備をしてから、ちょっと早めの晩ご飯を食べた。近くのホテルのレストランで、ビールとフィッシュ・アンド・チップスを食べ、微酔い気分でレクチャーに望んだわけだ。少しアルコールが入っている方が、話がスムーズに進むのだ。話のメーンをタートルプロジェクトにして、詳しくレクチャーしたのだが、今やってる「Stone project」展に、タートルプロジェクトの作品も出品しているということもあって、1時間半のレクチャーは、最終的に多くの質問も飛び出したりして盛況だった。宿泊は、アーチストの Johnさんと Fionaさんご夫婦の家にご厄介になった。Stromnessの街から車で5分程の高台に住んでいる。写真左の風景が、彼らの家からの眺めである。毎日こんな風景の中で生活し、夕刻になると、居間の暖炉に薪を燃やしながら、マイルスデービスの都会的で知的な演奏を聞きながら・・・この風景を眺め、ワインやウイスキーグラスをゆったりと傾けるのだ。何という生活なんだろう!地の果ての様な風景の中で、ゆったりとした居間と心地良い音楽と旨いスコッチと、暖かい食卓があるのだ。こんな生活は、夢にこそ見るものの、現実として手を伸ばせば触ることが出来る実態として、純然とそこにあるのが不思議である。映画のシーンじゃないのだ。結局、彼らの家に二晩ご厄介になった。夕方になると静かな風景の中で 、深いソファーに腰を沈めてJazzを聞き、ワインを飲みウイスキーを飲んだ。そして辺りが薄暗くなるまで色んな話に花が咲いて、夜の帳が降りる頃、夕食になった。オークニーでは、地面を一寸掘ればバザルトや砂岩の岩盤が顔を出す。見た目のグリーンな地表は、岩盤が風化し土に還った部分に植物の種が落ち、牧草地として多くの牛や羊、馬が飼われているのだ。巨石サークルのある近くに、嘗ての人々の生活跡を発掘調査している場所がある。調査員に聞いたのだが、オークニーは何処の地面を掘っても石の岩盤や生活の瓦礫が出てくるとのことだった。そう言えば、オークニーの海岸線には断崖が露出した場所が多い。そこには、岩盤の層が積み重なっていて、まるで巨大建造物の様を呈している。写真右の右端は海岸に続く岩盤である。まるで計算したかの様に直線的に仕切られている。この岸壁の表面に、多くの人達のサインやメッセージが彫り込まれていると聞いて、わざわざ見に行ったのだ。見たところ1835年というサインもあった。170年以上前のサインや落書きから、一番新しいものは、今私が彫り込んだサインなのだが、手の届く範囲に所狭しと彫られているのだ。写真の左の2枚はオークニーの廃屋を撮ったものだ。地層と同じように重力に逆らわず緻密に且つ合理的に石を積んで家屋の壁にしている。スコットランドの建物は全体的に、この積み方の壁や石垣が多いのだが、それは言うまでもなく、そこにある地面を掘れば平たく劈開する石がゴロゴロと出てくるからに他ならない。我々は、野山に何キロ・何十キロと続く石垣を見て、それを作った時代の時間と労力に敬服させられてしまうのだが、実はその地の一番安価な素材と一番楽な方法で出来上がっているのだ。日本の段々畑や、昔の農家の石垣もそうなのだが、その地で一番安価な素材と物理的合理性で出来上がっている。現代はと言えば、コンクリートの壁や合板材が一番安価で合理的なの素材なんだろう。風化したものは決して美しいとは言えないし、精々保って30年だから長持ちもしないのだが、その安価な素材が、現代の中では一番合理的なのだ。現代では、時代を超えることは合理的じゃないわけだ。時代を超えて初めて光り始めるモノを時代は求めていない。早くぼろぼろになって、早く作り替えられるモノこそ、今の時代が求めているモノ。時代のニーズはファッション刹那性と同じように、容易くコロコロと変わるモノなのだ。差し詰め、石の彫刻なんて、今の時代の中にあって、一番遠くにあるモノなのかも知れない。時代の合理性からすれば最も外れた位置にあるモノ。だからこそ私は石に興味があるし、今でも石を使って作り続けている。だって、現代の中で合理的なモノは、敢えて私が扱わなくても、それを扱う人達は山ほどにいて、そこらじゅうにいるんだから。
76 オークニー
2010年8月11日、エジンバラ空港からローカルな双発プロペラ機に揺られて1時間20分、オークニーのカークウォール(Kirkwall)の飛行場に降りたった。
大きな地図で見る
上記の地図の様に、オークニー諸島はスコットランドの北に位置する大小の島で構成され、その中でもオークニー島が一番大きな島である。
島の西部に位置する港町ストロムネス(Stromness)にある Pier Art Centerで今夕、レクチャーを頼まれての小旅行なのだ。オークニーに着いたのは正午前だったので、夕刻まではたっぷりと時間がある。
美術館の学芸員 アンドリューさんが出迎えてくれて、美術館に行く道すがら島を案内してくれた。Kirkwallは最も大きな町で、とは言っても石造りの家並みの広がる落ち着いた雰囲気の街なのだが、そこで見かける人達は、時期的にショルダーバッグを背負ったツーリストが多い。という事は街自体の人口は決して多くないということだ。
街中で群を抜いて高く大きな建物が St. Magnus Cathedral(セイントマグナス教会)で、島で採れる赤砂岩とクリーム色の砂岩を積み上げた堂々とした教会である。1137年に建てられて、棟を継ぎ足したり補修したりしながら今日に至っているのだそうだ。砂岩はセメントよりも軟らかく風化が進行しやすいから、風化が進んだ箇所を常にリペアしながら、維持しているらしい。写真左の円形の柱は、円柱の上部が流木の様に風化して、あと数十年もすると支えている重さに耐えられなくて崩れてしまいそうだ。
建物の内部に入ると、ヨーロッパの古い教会がそうである様に、石壁は頑強に高く天井まで達していて、天井の梁もアーチ状の石組みなのだ。
教会の内部で、頻繁に音楽会が開催されていると聞いた。天上から降ってくる様なパイプオルガンの響きを想像しながら、セイントマグナス教会を後にした。そして30分程 Kirkwallの町を見物してから、島の中央部を横切り Stromnessに向かう。
時間にして三十〜四十分の距離なのだが、島の内陸部はなだらかな草原が続く。夏というのに早春の様な寒い風が風が吹きわたる風景の中に、ストーンサークルが点在しているのが見える。3000~5000年前の遺跡なのだ。
嘗ての人々が、この原野に集い集団で生活しながら、何らかの理由でこんな巨石を円形状に立てたのだ。もちろんその事もさることながら、5000年という時を経ても尚、石が微動だにせず立ち続けていることに感動する。石は劈開性のある前後両面が平らな巨大岩で、正面から見ると量感があるのだが、側面からは厚さ60cm前後で、平板な石なのだ。
こんな石を立てて、その回りで生活すること自体が、生き延びるための手段だったのか? 彼らが生きて生活する場所の時空的なポジション、すなわち宇宙の中で生きることを理解し何かを発信するためのものだったのか? 人々を纏める手段としての信仰対象として、巨石のサークルが必要だったのか? 詰まるところ、真実は未だに石と地中の奥深くに隠蔽されていて、今の我々には窺い知ることさえ難しいのだ。写真右の青いジャケットを身につけているのが私である。こんなに大きいのだ。
写真右下は、点在するストーンサークルの中でも、最も大きな円形を保った遺跡である。この円の中心には何か在ると感じる。「いったい何があるの?」と質問してみた。何があるのか分からない、立ち入ることのできない聖地だということで、これも未だに深い時の流れの奥に隠蔽されているらしい。きっと宇宙エネルギーが集約している Powe pointが在って、それを享受するための何らかの形状、もしくは仕掛けが在るんじゃないかと思うのだが・・・。
嘗ての人々は、そのエネルギーを関知することができた。人類がこの原野で生き延びるために、宇宙的エネルギーを関知する能力も備わっていたのだ。その後、数千年の時を経て文明を築き、その中でしか生きられなくなった次点で、人間はその能力を放棄し退化させてしまったのだ。
何とも勿体ない話だが、今の自分に当てはめて、今更文明を捨てて原野で生きられるかと自問するとしても、答えは決定的に NOでしかないのだ。
Stromnessの Pier Art Centerに着いて、レクチャーの準備をしてから、ちょっと早めの晩ご飯を食べた。近くのホテルのレストランで、ビールとフィッシュ・アンド・チップスを食べ、微酔い気分でレクチャーに望んだわけだ。少しアルコールが入っている方が、話がスムーズに進むのだ。
話のメーンをタートルプロジェクトにして、詳しくレクチャーしたのだが、今やってる「Stone project」展に、タートルプロジェクトの作品も出品しているということもあって、1時間半のレクチャーは、最終的に多くの質問も飛び出したりして盛況だった。
宿泊は、アーチストの Johnさんと Fionaさんご夫婦の家にご厄介になった。Stromnessの街から車で5分程の高台に住んでいる。写真左の風景が、彼らの家からの眺めである。毎日こんな風景の中で生活し、夕刻になると、居間の暖炉に薪を燃やしながら、マイルスデービスの都会的で知的な演奏を聞きながら・・・この風景を眺め、ワインやウイスキーグラスをゆったりと傾けるのだ。何という生活なんだろう!地の果ての様な風景の中で、ゆったりとした居間と心地良い音楽と旨いスコッチと、暖かい食卓があるのだ。こんな生活は、夢にこそ見るものの、現実として手を伸ばせば触ることが出来る実態として、純然とそこにあるのが不思議である。映画のシーンじゃないのだ。
結局、彼らの家に二晩ご厄介になった。夕方になると静かな風景の中で 、深いソファーに腰を沈めてJazzを聞き、ワインを飲みウイスキーを飲んだ。そして辺りが薄暗くなるまで色んな話に花が咲いて、夜の帳が降りる頃、夕食になった。
オークニーでは、地面を一寸掘ればバザルトや砂岩の岩盤が顔を出す。見た目のグリーンな地表は、岩盤が風化し土に還った部分に植物の種が落ち、牧草地として多くの牛や羊、馬が飼われているのだ。巨石サークルのある近くに、嘗ての人々の生活跡を発掘調査している場所がある。調査員に聞いたのだが、オークニーは何処の地面を掘っても石の岩盤や生活の瓦礫が出てくるとのことだった。
そう言えば、オークニーの海岸線には断崖が露出した場所が多い。そこには、岩盤の層が積み重なっていて、まるで巨大建造物の様を呈している。写真右の右端は海岸に続く岩盤である。まるで計算したかの様に直線的に仕切られている。
この岸壁の表面に、多くの人達のサインやメッセージが彫り込まれていると聞いて、わざわざ見に行ったのだ。見たところ1835年というサインもあった。170年以上前のサインや落書きから、一番新しいものは、今私が彫り込んだサインなのだが、手の届く範囲に所狭しと彫られているのだ。
写真の左の2枚はオークニーの廃屋を撮ったものだ。地層と同じように重力に逆らわず緻密に且つ合理的に石を積んで家屋の壁にしている。スコットランドの建物は全体的に、この積み方の壁や石垣が多いのだが、それは言うまでもなく、そこにある地面を掘れば平たく劈開する石がゴロゴロと出てくるからに他ならない。
我々は、野山に何キロ・何十キロと続く石垣を見て、それを作った時代の時間と労力に敬服させられてしまうのだが、実はその地の一番安価な素材と一番楽な方法で出来上がっているのだ。
日本の段々畑や、昔の農家の石垣もそうなのだが、その地で一番安価な素材と物理的合理性で出来上がっている。
現代はと言えば、コンクリートの壁や合板材が一番安価で合理的なの素材なんだろう。風化したものは決して美しいとは言えないし、精々保って30年だから長持ちもしないのだが、その安価な素材が、現代の中では一番合理的なのだ。
現代では、時代を超えることは合理的じゃないわけだ。時代を超えて初めて光り始めるモノを時代は求めていない。早くぼろぼろになって、早く作り替えられるモノこそ、今の時代が求めているモノ。時代のニーズはファッション刹那性と同じように、容易くコロコロと変わるモノなのだ。
差し詰め、石の彫刻なんて、今の時代の中にあって、一番遠くにあるモノなのかも知れない。時代の合理性からすれば最も外れた位置にあるモノ。
だからこそ私は石に興味があるし、今でも石を使って作り続けている。だって、現代の中で合理的なモノは、敢えて私が扱わなくても、それを扱う人達は山ほどにいて、そこらじゅうにいるんだから。