87    2013美術

2013.3.22. 東京国際フォーラムで催されているアートフェア東京2013に行ってきた。
広い会場に所狭しとギャラリーや画廊が出店していて、通路にも展示ブースにも人が溢れていた。
各ギャラリーの展示作品は、今風のカワイイ系絵画から美少女画や細密タッチの絵が多くて、立体造形物も同じような雰囲気を醸し出している。しかもそんな各ギャラリーのブースには人が溢れ、作家と面談している西欧人も居れば、ギャラリースタッフと商談している人達も多く見受けられた。
何ヶ所かのギャラリーブースに、私も慣れ親しんでいる1990年代を彷彿させる素材観をダイレクトに出した著名作家の立体や、抽象絵画、表現主義的絵画が展示してあったのだが、それらが醸し出す特異な空気は、会場全体を被っている現代ジャポニズム的な空気感と一線を画して、相当に「重い」と感じてしまった自分が居た。
私はこの「重い」サイドで生きて来て、私の制作する作品も「重い」サイドにあるのだが、このミニマル的重さは、2000年以降の新たな美術表現動向から、完璧に乖離してしまったと感じられる。
数週間前に、宇都宮美術館で開催していた「ミニマル|ポストミニマル ─1970年代以降の絵画と彫刻─」という展覧会を見た時も、同じような感覚に襲われたのを思いだした。
自分のやっている範疇、やろうとしていることを疑わなかったのだが、それを今「重い」と感じるようになった自分が居る? 今まで感じたことのない、時代への不安感を覚えたのだ。
と同時に、若者が発するこの表現と空気感は、何所から来て何所に行き着こうとしているのか、ハタと考えさせられた。
一人一人の心の中で肥大化する社会不安や不信、先の見えない恐怖、それらから意図的に逃れ、もしくは変革しようとする手段として美術があるとすれば、アーチストはアバンギャルドとして烏合の先に立つはずだ。 もし美術が少なからず今というパラダイムと対峙する術として機能するとすれば、我々の世代は過去を引き継ぐ不条理な現実に体当たりする方法を選んだ。しかし2000年以降、若者達は時代の不条理さに肩すかしを食わせて、個のヘドニズム(快楽)へと突っ走る方法を選ぶ。ある意味では時代へのアイロニカルな対応と言えなくはないが、バーチャルを意図的に駆使した、劇画や絵画・立体表現へと向かったのではないか。いずれにしても日本の中で生きているという現実があり、まさぐれば手法としてのジャポニズムが両靴揃えてあることに気付いたのかも知れない。
評論上で、時代を反映するモノとして美術があるとすれば、正に今という時代の不透明性や、社会や個人にのし掛かった背負いきれない現実の反映と言えなくはない。
ただ、このフェアを見ていて、100人が100人同じようなモチベーションと臭いを発していることに気付く。ブーム全体の臭いはするものの、際だった個人が見えてこないのだ。ジャスパージョーンズの背後に1000人のジャスパージョーンズが居たのと同じで、会田誠や村上隆の背後に1000人の会田誠と村上隆が居る。
ブームに乗れば売れるし、そこそこ有名にもなる。そんな思考が見え隠れするのが、「重い」範疇に居る者として美術とブームとを確実に分別させるのだ。
ブームはある意味でバブルである。バブルは思い込みから作り出され、それが非現実であることに気付いた時、急激に崩壊する。
我々の世代(いや世代の半数と言った方がいいかも知れない)は、ブームが訪れる前に身を翻して、よりアバンギャルドなより先端へと自らを仕向けていった気がするのだが、結果として新たな作品が社会受けすることはほとんど無かった。でもそれがアーチストでありアートだと思い込んでいた。ファッションやブームに結びつく事を拒否し、自らの作品が社会の中で地位を得そうだと感じると、身を翻す。謂わばそれがアートとファッションとを分ける自らの分水嶺になっていた。
今「重い」サイドに居る私が思うことは、ジャポニズムブームやキャラクターブームに乗っかって喜んでいては、先行きが乏しいと思えて仕方ない。そして刹那的なヘドニズム症候群が蔓延しているとすれば・・・、はたして?。

なーんちゃって、まあ将来は誰にも分からんのじゃがのう。
だから自分のやりたいことをやるしかない。それが美術だろうと何だろうと知ったこっちゃない。(これって、私もアートパンデミック感染?)

されど雑談

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