インフォ・アーカイブス : 2011

広島

2011年12月30日、
親戚の不幸があって、年末23日から広島にいます。
去年も今年も忙しくてお袋と過ごす時間がほとんどなかったから、ちょうどいい機会だと思って長期で故郷に帰っています。
手のリハビリのためにFlyFishingのタックルを持って来て、時間がある時に釣りに行っています。でもとにかく寒いし雪が多くて、思う様にできません。



作品設置・イギリス

2011年10月13日 〜 19日
つくば・アートセッション2011「磁場ー地場」展が始まってから4日後、今年の夏に済ませる予定だった、イギリスでの打ち合わせと作品設置のために 一週間という短期間の予定で訪英した。
ヒースローに着いた当日、電車に4時間ほど揺られてイングランド中西部にあるルドゥロー駅に着いたのは夜の9時半、Antさんの広い自宅敷地内に作品を設置するためである。翌日から二日間掛けて作品を設置した。

Faraway mountain Faraway mountain

「Faraway mountain」を設置したロケーション。

Warwick University Art Center10月16日(日)Ant さんの提案で、設置した作品のお披露目ランチパーティーを開催し、その日の夕方にウォーウィック大学から、お迎えのハイヤーが来て、車で2時間半程かけて Warwick University に到着。
この大学はイギリス屈指の大学らしく敷地全体が一つの町である。大学の中心にあるアートセンターの側のホテルに宿泊、来春にウォーウィック大学に設置する作品の設置場所選定や設置方法/作品基礎の打ち合わせ等をして、火曜日の早朝ロンドンに発って、ヒースローから帰国したのだ。超大忙しの一週間だった。

ウォーウィック大学アートセンター訪問に関して 詳しくは、
Chatページ [ 雑談紀行 ] → [ 81. ウォーウィック大学 ]をクリック下さい。


「磁場-地場」展オープン

2011年10月、my sculpture
骨折から一ヶ月半、作品を展示できる段階まで漕ぎ着けて、10月8日に「Art Session Tsukuba 2011 磁場-地場」展がオープンした。
制作中の一ヶ月半、手を縛られて身動きできない状況下での制作に、フラストレーションが溜まりに溜まって、自分自身が爆発寸前に展覧会がオープンした感がある。
展覧会が始まってから数日後、骨折で延期したイギリスでの作品設置と Warwick University Art Center での打ち合わせで日本を空け、帰国後の10月20日に展覧会のレセプションがあった。久しぶりに(とは言っても2週間ぶりなのだが)自作と対面。悪くないかも知れないと思った。
三次会は我が家で明け方まで、12人がガヤガヤと飲んで、久しぶりに翌日まで酔いがまわっていた。
今年に入って、「雨引の里と彫刻」「ロンドン個展」「新宿の作品設置」そして「地場-地場・展」と、冬の寒さや夏の暑さの中で休まず動き制作してきた。ここらで少し休憩しても神様は文句を言わないかな?と思ったのだが、既に日本の渓流フィッシングは禁漁期に入ってしまっている。

展覧会ページ [ 10 -11 ] or [ 現在 予告 ]をクリック下さい。




骨折中でも制作

2011年9月中旬、drill holes
骨折から1週間半が過ぎても、当然ながら未だ骨折した箇所はくっついていない。右手は全く使えない状況である。だからといって、展覧会は待ってくれない。10月8日から、地元つくば市のビエンナーレ展「Art session 磁場・地場 2011」が始まるのだ。
この状況で、一体何が出来る? 鑿もハンマーも持てないし、右手で文字さえも書けない状況で、どうやって次作を展開する? そうだ!石に削岩機で孔を空ける作業は出来るかも知れない、右手が使えなくても左手と右腕は使えるのだ。削岩機と言えば普段でもハードな作業になるのだが、この状況下で最もハードな作業しかできないのが皮肉である。病院に通いながらでも、やるしかないのだ。

9月半ば、あと2日で穴開け作業が終わる予定だ。全部で250本もの孔を貫通させる。これから先は彫刻全体としての形を作る作業になるが、これは手が使えないと100%不可能だ。だから大口径の切削機で、切りまくって形を出すしか方法が無い。さてどうなるか?




骨折

2011年8月23日、right hand
後から思うと、何で?? どうしちゃったんだ俺?? バカだな〜!!と、反省すること然りなんだけど、事故が起こる時はその大小は問わず、何時もこんなものなのだ。要するに私の注意力が非常に散漫になっている時、焦っている時に起こる。
150kg大の石を接着中に、右手の上に石が落ちてきた。挟まれた右手は全体にダメージを受けて、薬指の付け根が骨折。何とも面目ない事である。
作品の制作が全く出来なくなったと同時に、30日からのイギリスでの作品設置と打ち合わせ、その後のツイードリバーでのフィッシングを全てキャンセルせざるをえなくなった。
作品制作は、私の息子と、仕事場の同僚・鈴木君と、女子美の卒業生連中が手助けしてくれて、何とか無事に間に合った。みなさん有り難う。



盆は広島

2011年8月15日、Hiroshima
盆と正月には、お袋が住んでいる広島に帰る。

今年は色々あって夏の自由時間が短くなった。制作に追われながらも、盆の僅か三日間だけでも広島に居ようと思い、13日に広島に帰ってきた。
広島も暑い。午後4時、地元のJR駅に降り立ったのだが、焼けたフライパンの中のような暑さで照りつける日差しも痛い。夕日が落ちると暑さはやわらぐのだが、この地方特有の夕凪の時間帯が来る。風が止まって蒸し暑くなるのだ。
散歩すると歩く速度に準じた向かい風を受けることになるから、じっとしてるより歩いている方が気持ちいいのだ。

広島でのハプニング → 雑談 → 普段着 → 普段着・2011/「広島にて」



とうとう来ちまったぜ

2011年6月11日、
とうとう来ちまったぜ。
この日ばかりは来ない方が良いと思ってたんだけど、時の流れは誰の下でも同等に流れ、個人の我が儘な思いは、何時も無視されることになっている。
全ての暦を経て、グルリと最初に戻ることを還暦という。50歳を過ぎる時、残りの歳月が既に未知数でなくなったことにショックを感じ、今日でまた一つ、自分の人生の未知数が消えていった。暦はまた最初に戻り1から始まるのだ。
ダブル還暦を祝える時まで、あと残り60年なのだが、最早この歳月も未知数じゃないわけだ。
道半ばで、人生を閉じなきゃならない人は大勢いる。還暦を迎えられたことを素直に喜び、感謝しなきゃならないことは分かっているのだが、この我が儘者は、まだまだやりたいことがいっぱい残っていると欲張っている。



時差ボケ

2011年5月25日、
個展終了日5月8日に訪英して、個展作品の撤去後、シドニー・ノーラン・トラストでワークショップを計4日間開催してから、5月24日に帰国しました。今回は3ヶ月程、日本に居ることができます。なんて何か変だけど、8月中旬にはまた UK に行かなければならないようです。
日本は暑いのかなと思ってたけど、意外と暑くない。イギリスよりも寒いのかも知れない。
地球を西方から東方に移動すると、時差ボケが3〜4倍きつのです。



ワークショップ

2011年5月16日〜5月20日
Workshop at the Rodd

ロンドン個展の搬出後、ウエールズとイングランドの境界線にあるシドニー・ノーラン・トラストでワークショップを開催する事になっています。
前期は5月16日〜18日で、イギリスにある美術大学(RCA, Slade, Chelsea, ECA, HCA, WCA, Winbledon)から推薦された学生が参加します。
後期は5月20日の一日で、近隣の大学や一般から参加。

シドニー・ノーラン・トラストのイベントページ



「Forest 森」展オープン at Chelsea College of Art

2011年3月28日〜5月8日、
forest exhibition
forest exhibition

日本が悪夢に苛まれている時に、私はロンドンで個展の準備を始めていた。日本から発送した作品3点の到着が遅れ、設置に1週間費やしたけど、何とか展覧会をオープンさせる事が出来て、素晴らしいカタログも出来上がった。
会場はチェルシー・カレッジ・オブ・アートの the Rootstein Hopkins Parade Ground である。テートブリテンの隣に位置した、50〜60mのスクウェア空間なのだ。そこに計6点をインスタレーションした。

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forest exhibition

未曾有の大災害

2011年3月、
3月7日に訪英してその4日後、信じられない程の巨大地震と巨大津波が北陸関東を襲った。私がそのニュースを受け取ったのが、巨大地震が日本を揺らした2時間後だった。それから、1週間というもの、ネット上のテレビ中継を昼夜を問わず見続けた。いったい日本はどうなったんだ!成田を発つ時は、平和な日本の風景だったのだが今は違う。毎時毎分、ネットから地獄絵図が流れてくる。
イギリスからじゃ何も出来ない。被災地の人達から入ってくるメールに、私がネットTVで仕入れた情報を伝える事しかできない。耐えられない気持ちで一週間を過ごしたけれど、福島原発の崩壊と放射能汚染等々、状況は悪くなる一方だ。直ぐにも帰りたいけど、展覧会や講演を控えて、今私が抜けるわけにはいかない。
被災された多くの方々に心よりお見舞い申し上げます。亡くなった多くの方々の御冥福をお祈りし、ご遺族の方々には心よりお見舞い申し上げます。そして未だに行方が分からない多くの方々のご無事をお祈りいたします。



「雨引の里と彫刻 2011」始まる

2011年1月15日〜3月21日、
work of Kuniyasu「雨引の里と彫刻 2011」が始まった。16日にオフィシャル・オープニング・セレモニーを開催して、夜が雨引観音の保養施設での宴会だった。
展覧会のキャッチコピー的に「冬のさなかに」という副題を付けたこともあってか、前日から寒波に襲われて雪の中での開催となった。展覧会の順路は各所で凍結していて、スリップする車や擁壁にガリガリとスキンシップしちゃった車も何台かあったようだ。正に "冬のさなか" の野外展である。
最近流行りの、秋葉系フィギアや鑑賞者参加型のインタラクティブで派手なシンスタレーションは無いし、小中学校の文化祭的な俄作りのインスタレーションも無い。どちらかというと大人向きの落ち着いた展覧会なのだが、回を重ねるごとに雨引の里という知名度が上がった様で、多くの方々が、寒さに震えながら巡回されていたようだ。
展覧会終了の3月21日までは、目一杯の冬のさなかである。寒風の中を周遊してもらうのは少々忍びないのだが、モノトーンに近い風景や、木々のエネルギーが地下に隠った林の中の彫刻も悪くない。

写真左・國安さんの作品
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work of Takanashi
高梨さんの作品
work of Murai
村井さんの作品
work of Watanabe
渡辺さんの作品
work of Shioya
塩谷さんの作品




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